「これがラストファイト。すべてをかけて戦う…。」
注目の東洋タイトルマッチ、竜平はマスコミにそう発言していた。

試合当日の朝、「今日は頑張って!」と竜平の携帯に短いメールを送った。
「完全燃焼します!」と短い返事が返ってきた。

“アジアの石の拳”という異名を持つ超ハードパンチャーのランディ・スイコを前に、竜平はゴングと同時に勢いよく一直線に進み、そのまま顔めがけてストレートを打ち込んだ。続けて左・右・左・右…と、竜平のラッシュがはじまった。

「初めから打ち合う」という作戦は聞いていたが、さすがにこれには驚いた。こんなタイトルマッチは観たことがない。
チャンピオンのハードパンチにまったく臆することなく、立て続けにパンチを繰り出しつづける。勝っても負けてもKO決着しかない。

この戦い方こそ、竜平がボクサー人生の締めくくりに選んだスタイルだった。


そんな無尽蔵なスタミナで打ちまくる竜平の連打にスイコが後退。どうすることもできず、“石の拳”スイコがロープを背負う場面も。
「完全燃焼します!」…。ここまでやるとは。

しかし長くは続かない。2Rに石の拳が直撃し、思いきりダウン。

やはり、立ち上がった。
世界挑戦で、あのヨーサナン・3Kバッテリーの強打に倒されてもムクリと立ち上がった試合を思い出す…。

試合開始から竜平のラッシュとスイコの強打の繰り返し。
解説をしていて何ラウンドか分からなくなっていた。というか、どうでもよくなっていた。

4Rに入って、展開は一方的に。客席からは悲鳴も。竜平の打ち返す力が弱まりスイコはエンジン全開に…
(あっ、もうヤバイ…)
あと一発もらって竜平が大の字になるのが頭に浮かんだ。会場全体がどうすることもできずに息をのんだその時、絶妙のタイミングでタオルが投入された…。

「よしよし、よくやった」と畑中会長が笑顔でわって入り、竜平と会場のみんなは救われた。
竜平は、レフェリーではなく畑中会長に抱きかかえられて号泣、ボクサー人生を終えた。

畑中会長はタオルを投げる準備をとっくにしていたという。
そのタイミングがずれないよう、レフェリーの視界まで確実にタオルが届くよう、タオルを半分ぬらして投げやすくしていたという。
畑中会長が目に入れても痛くない竜平を自分の手で救った瞬間、ボクサー人生を終わらせた瞬間…。
どんな想いでそのタオルをぬらし、投げ入れたことだろう。

興奮した試合、感動した試合…。
いままでにも沢山の心に残る試合を観てきたが、初めて解説中に泣いた。
こんなに“泣けた試合”は初めてだった。

竜平は畑中ジムのプロボクサー第一号であり、新人王でMVPを獲得、スーパールーキー金内豪を壮絶な逆転KOで倒して日本タイトル獲得。ジムだけでなく中部のボクシング界を引っ張ってきた。
タイガー・アリの持つ東洋タイトルは判定で逃し、篠崎哲也を判定でくだして日本王座に返り咲き。デビュー10年目にヨーサナンのもつ世界タイトルに挑戦した。

眼疾を乗り越え、走れないほどの腰痛に耐えてもがき苦しむ時期があった。
万全の体調ではない状態が続き、自分のスタイルに答えが出せない。しかし、この日の戦い方に竜平の答えが凝縮されていた。
ガムシャラに連打を打ちまくりながら、ボクシングを楽しんでいるようだった。

一枚のタオルによって竜平のボクサー人生は終わったが、あんなに見事な、あんなに愛情たっぷりのタオルは、今後、私のボクシング観戦のなかで観ることができないだろう。

『ボックスファイ』