『ワールドプレミアムボクシング11 ザ・リアル』のテレビ解説をした。
まさに“リアル”なボクシングだった。

長谷川穂積は減量も調子よくいったようで、試合当日の体の締り具合も申し分なかった。
モンティエルも自信満々。
想定外だったのは、モンティエルが階級を上げてバンタム級タイトルに初挑戦したジョニー・ゴンザレス戦の時とは別人のように体が大きかったことだ。

その為二人の体格差は予想していたよりも少なかった。
しかし、前日の計量時から一気にウェイトアップする最近の長谷川では、スピードのあるモンティエルを攻略できない。
(ここ数戦の相手なら体格とパワーでねじ伏せられたが…)

長谷川も十分にスピードを活かし、キレとタイミングで戦わなければならない。
いつもより締まっている長谷川と、しっかりと体を作ってきたモンティエル。リング上で対峙した二人の体を見て、良い試合になる期待がより一層高まった。


WBCとWBOのベルトが日本のリングに上がり、ジミー・レノン・ジュニアのコールで会場のボルテージも一気に高まる。
ラスベガス級のタイトルマッチに、私も解説席で久しぶりに昂揚感を味わった。

1R、長谷川の反応の早さから、集中の高さがわかる。
モンティエルの僅かなモーションでバックステップをきり、モンティエルを全く寄せ付けない。ただ下がるだけでなく、自信に満ちたプレッシャーをかけ続けている。そして足は、軽い。
(対戦相手からしたらやり辛くてしょうがない…)
モンティエルの武器は左フックやアッパーだ。その距離に入らせない長いジャブをつき続ける。
モンティエルも右を打ちながらそのままスイッチして詰めようとするが…。

2R、3R、徐々にモンティエルは押され始め、思い通り行かない歯痒さからか、苦しまぎれのトリッキーな動きを見せる。まだ長谷川は慎重だ。

モンティエルは敢えて足を止め、頭を振ってからビッグパンチを狙ったり(モンティエルはこれまでの試合でも時々使っていた)、前足の位置を踏み替えたりしていきなりの右を狙ったりしたが、すぐに長谷川に読まれ、スッと足の位置を変えられたりしていた。

しかしさすがモンティエル、全く動じず淡々と試合を進める。

距離、位置、射程距離、反応のスピード、さらに数値では測れないフェイントやプレッシャーの強さまでも、お互い高速なスーパーコンピューターで解析しているかのように、数センチ単位の動きで手の内を探り合っていた。

4R残り10秒の拍子木が鳴り、試合は急展開。
これまでモンティエルが出てくると、必ずバックステップで距離を外していた長谷川が足を止めて打ち合いに応じた瞬間、見事にモンティエルの左フックが長谷川の顔面を捉えた。

これまで長谷川は冷静に戦っていたと思う。
油断ではないが、パンチが見きれ始めた為に、相手がWBO王者であることを忘れてこれまでの防衛戦の相手と同一視したか、それともオープンスコア前なので山場、もしくはファンの為に盛り上がりを作ろうと“色気”を出したか…。

長谷川の腰が落ちる…。
見ていた者すべてが、ボクシングの怖さを思い知らされた瞬間だった。

ロープ際まで下がりながらもダウンを拒み続けた。

「ダウンしちゃえばゴングに救われた…」ということも言われるが…、40戦以上のキャリアがあれば出来たかも。

ストップの瞬間、ロープに手が絡まっていたともとれるが、強烈なダウン経験のある私からみると、あれはロープを使って必死に体を支えており、あそこにロープがなければ倒れてしまう状態。あえてロープに手をかけ、両足で必死に踏ん張っているところだったはず…。
(この時ボクサーは自分の足の小ささを感じる。普通に立っていられない自分に苛立つ。「ミッキーマウスのように足がデカけりゃ良いのに…」と思う。さらに“二足歩行”って凄いと感じる…)

長谷川は自分のダメージが回復し、連打の嵐が少しでもやめば脱出しようと機会を待っていたが、それよりもレフェリーのストップが早かった。

腰が落ちてからストップされるまでは僅かな時間だが、長谷川にとっては10秒以上に感じていたかも。  いろんな考えが巡ったはず。

ラスト10秒の拍子木が鳴った後だったのが余計に悔やまれる。

しかし、長谷川穂積はこれで終わらないはず。
これまでのV10ロードよりも、今後の復活劇の方がドラマティックであることを期待する。

粟生選手。やりにくく粘る相手を仕留め、世界へのキップを手にした。
序盤はとても集中し、緊張感のある良い動きをしていた。

以前から気になる所はクリンチのテクニック。とくに相手にクリンチされた場合の対処法をもっと身につければ楽に戦えると思う。
苦しまぎれにクリンチに来た相手をがむしゃらに振りほどくのも相手にとってはプレッシャーがかかり、嫌なものだ。(自分も体力を消耗するが…)
また、そうしなければ相手のペースで戦っているということになる。相手に「クリンチにいけば動きが止まる」と見られれば、精神的余裕も与えてしまう。

モンティエル対Z・ゴーレスの試合12ラウンドをYouTubeで見ると、うまいクリンチの解き方が見られる。体をあずけたり、体重をかけたりした次の瞬間に引く。柔道などで技をかける瞬間と同じだろう。
(同じ動画で、クリンチの際に首を使って相手のスタミナを奪ったり、相手を操ったりするテクニックも見られるから必見。私も現役当時に使った“相手の嫌がるテクニック”だ)

西岡選手。間違いなく世界のトップスターの仲間入りを果たした。アキレス腱断裂からよくぞここまで…。
若干試合中に“雑さ”が見られたが、しっかり決めてくれた。

数年前にも西岡選手の強さをiida-ism.comで褒めたが、その頃よりもリードジャブ(右)が少なくなってきているのが心配だ。
相手のあることだし、特に今回の相手に対してはジャブをあまり打たない作戦だったかもしれないが…。はたまた洗練されてきて、居合のような一太刀で決める、究極の域に近づいてきているのか。
「武器である左で仕留めるために、右を効果的に使う」。これは4回戦であっても世界戦であっても変わらないと思うが。

サウスポーで、右のリードジャブをリズムよくビシビシ当て、左ストレートで決める…。そんなスタイルが私は好きだから、西岡選手に期待し過ぎるのかもしれない。

今回のボクシング中継を観た人から「ボクシングって面白いですね!」、「ボクサーって凄いですね!」という声をたくさん聞いた。

チャンピオン同士の対戦という日本ボクシング界にとって歴史的な試合の緊張感、緊迫感を出そうと工夫してみたりした。
今回は長谷川くんのことをチャンピオンと呼ばず「長谷川」と呼び捨てし、モンティエルと対等な位置付けで解説した。

残念ながら長谷川穂積は負けてしまったが、今後の長谷川のカンバックロードを見たいと思う人は多くいるだろう。

また、ファンのボクシングを見る目が肥えたに違いない。他のボクサーにとってはハードルが上がったことだろう。

ボクシング人気の低迷は、本当のボクシングの魅力や奥深さを伝えてこなかった中継の在り方(実況や解説)にも原因や責任があると思っている。
ボクシングの魅力や奥深さを伝えられるのは世界のトップの攻防を肌で分っている元世界チャンピオンなどの解説者だ。
それを伝えるのが解説者の仕事であり、使命だと思っている。
1%でも視聴率をあげることは重要だが、そんな目先や手先の事ではなく、もっと先を見据えれば、本当のボクシングの魅力を一人でも多くの視聴者に伝えることがボクシング人気復活に重要なことだろう。