南アフリカから来た指名挑戦者のブシ・マリンガ。
8度目の防衛戦の長谷川穂積の前に、何もすることなく敗れた。

「たいしたことない選手だった…」、「あんなのが世界ランク1位なのか?」という声を試合後にたくさん聞いた。

私は試合前、ブシ・マリンガの試合ビデオを見せてもらっていた。
一つはウィラポンを倒した試合。ガードも雑で、強引に襲いかかるようにアッパーやフックを繰り出していた。

ボクシング関係者やマスコミでも、“マリンガは大振りのファイター”、“武器はアッパー”と言われることが多かった。

確かにそうだが、私のマリンガ評は違っていた。
なんと、そのひとつ前の試合では、全く違った戦い方をしていたのだ。


速く真っ直ぐなジャブやストレートを打ち、しかもそれらはモーションがなく異常に伸びてくる。
そのなかに強いアッパーやフックを混ぜ、なおかつガードは高くて固い…。足も軽く、バックステップも上手く使っている…。
(マリンガはアマチュア経験も豊富なのだ)
その試合でも動きに荒さはあったが、私の世界初挑戦の相手であるアリミ・ゴイティアや、全盛期のオスカー・ラリオスを思わせる迫力ある打ち方で、それを十分カバーしていた。

ビデオを見終わって、指名挑戦者かどうかは別にしても、間違いなく世界トップランカーであり、十分ベルトを狙える選手だと思った。
さらに長谷川にとって厄介だと思えたのはアッパーではなく、ジャブと左ショートストレートだと思った。

解説をするにあたって、マリンガはどう戦うだろうかと考えた。
敵地へ乗り込む挑戦者であり、攻めなければならない。ウィラポン戦のようにガンガン出てくるだろうか…。
いやしかし、相手はカウンターの打てる強いチャンピオンである。(ガードも雑に)いきなり攻めてくるとは思えない。
大事な試合(世界初挑戦)であるし、とくに序盤はガードを高くし、ジャブをついて丁寧にくるだろう…と。
(長くなるかな?)

直前になって新しい情報が。
取材でマリンガは「サウスポーが好きだ」と答えていた。
サウスポーの選手でサウスポーが好きだという選手は、だいたいファイタータイプだ。
(サウスポーに多い、距離を把握して“カウンター狙いの待ちスタイル”より、近い距離で“打ち合うのが好き”ということ)

ならば、ジャブを突き、ガードを固めつつ、アッパーやフックを序盤からたくさん振ってくるだろう。

もし長谷川に“サウスポー嫌い”が残っており、序盤にマリンガの長く、伸びるジャブを(長谷川には届かない距離で)もらうようなら、試合は後半、もしくは判定にまでもつれ込むだろう。

とは言っても、私の試合予想は8~10Rで長谷川のTKO勝ち。長谷川の負けはない。
(さらに「1~3Rで終わることはないだろう」とまで付け加えていた)

どちらにしても、序盤から大きなパンチが飛び交う見応えのある試合になるだろう。1Rでマリンガがどう出てくるか、そして長谷川がどう対処するかで、試合展開がわかるだろうと、解説者としても試合開始のゴングを楽しみに待っていた。

試合が始まった。

長谷川は、マリンガのジャブをかわしていた。しかも、ヘッドスリップで斜め前に距離を詰めてかわしていた。
(よし、いける…)
するとすぐ、一度目のダウン。
ダウンの後、強めにプレスをかけて攻めるも、慌てずにまだ様子を見ていた。タイミングで倒れただけで、まだ余力を残しているかもしれない。

2度目のダウンで効いているのが分かり、一気に高速連打。
しかし、ここで思わぬ展開に…!

マリンガは足を止めずにガードと上体を適切に動かし、長谷川の決定打をゆるさない。
長谷川が追い立てるもまとめきれず、高速連打がやや失速しだしたのだ。
(マズイ、凌ぎ切られるか…)

だが、ここでズルズル行かないのが長谷川穂積。
レフェリーに割って入られた後、攻撃パターンをかえ、高速連打ではなく2発、3発のパンチをクリーンヒットさせるよう切り替えた。

フィニッシュは、右に大きく体を移動させると同時に右フックを振りながら接近(マリンガのジャブとストレートの軌道の外から入った)、マリンガが体勢を整えて攻撃する前に、左をオーバーハンドでマリンガの右にかぶせた。

見事にクリーンヒット、試合終了。

長谷川は、これまでも左のクロスカウンター(オーバーハンドクロス)をよく使う。
今回の試合でも、このパンチが鍵になると試合前に予想していた。

試合が始まると、早速1Rにこのパンチを軽くヒットさせた。
だが「まだダウンさせることはないだろう…」、次にヒットしたら「このかぶせるような左のパンチは、今日の試合のキーポイントになるパンチですよ!」と解説しようと準備していたのだが…、そんな準備もお構いなしに、試合を終わらせてしまった。

2度目のダウンの後、ラッシュしても思うように倒せなかった場合、ボクサーは焦るし、迷う。
(倒せないと後半にスタミナが切れるのではないか…)

しかし前に出て倒し切ったのは素晴らしかった。それが出来たのも、チャンピオンの自信と十分な練習量があったからだろう。

パンチのパワー、戦術、自信…、キャリアをつけて強くなっているチャンピオン。

今のところ、長谷川穂積の頭打ちになる時期はまったく見えてこない。