日本S・フェザー級タイトルマッチ、矢代義光vs三浦隆司。

どちらもサウスポーで、KOパンチの持ち主。
チャンピオンカーニバルで注目の一戦。
客席は超満員。

入場を済ませ、リングに立つ両者はやや対照的だった。
矢代は、相手よりも客席に意識がいっている気が…。
対する三浦は、ずっと矢代を見据えてこれから始まる戦いに集中…。

そんな両者の挙動から、矢代にとって“落とし穴”的な何かが起こる予感がした。
(こうした予感は、何年も試合を見続けていると感じられるようになる)

試合が始まると、お互いにフェイントをかけ合う。わずかな動きに反応するピリピリ感が、見ていて面白かった。


序盤、矢代はポイントを冷静に考え、残りわずか10秒といったところでクリーンヒットを集め、ポイントを奪っていった。

5Rと7Rに矢代ダウン。
矢代は中盤でリードパンチの右を痛めたのか?すっかりジャブが出なくなっていた。

それを知ってか知らずか、三浦は距離を詰めはじめた。
完全にジャブは無視した距離まで入り込み、左ストレートだけ注意しているかのようにも見えたが…、八代の鋭い左を意識してか、ロープ際まで追い詰めるが、もう一つ手を出して踏み込めない。

残りの2Rは、八代の左が復活してラウンドを支配。判定は1-0(一人が三浦)でドロー防衛となった。

二度もダウンを奪っていながらベルトを獲れず、三浦は惜しいことをした。
三浦ファンは納得がいかないだろう。

しかし、ボクシング関係者やマスコミ、私の採点も、みな同じようなものだった。

三浦にとってもキツイ試合だったと思う。序盤から矢代のキレのあるパンチをいくつか浴びている。にもかかわらず顔色一つ変えずに前に出るのだから、ハートと体の強さは相当なものだ。

私も世界戦では、1ポイントで泣いている。
ジャッジを恨んでも仕方がない。挑戦者として、何かが足らなかったのだから、その僅かな何かをプラスして、再度挑戦してもらいたい。

私が見て、三浦が勝つ為に必要だったものは、最後の“あと一発”。
「あと一発当たれば…」という所で、いつもコンビネーションが終わってしまう。
自分より長身で足を使う選手には、捨てパンチや上下の揺さぶりがもっと必要である。そうすることで、自慢の武器であるハードパンチが当たる距離まで一歩踏み込めただろう。

それが出来ていれば、判定勝ちどころか、十分にKO勝ちの可能性もあった。

逆に八代は足をうまく使い、窮地を乗り切った。
矢代は鋭いカウンターが武器。最後までその武器をチラつかせて警戒させ、強打を打たせなかった。

そうやって相手の武器を使わせないのも、選手の実力だと言っていい。

前座で出場した山中力、山中慎介。二人ともハードパンチの持ち主。

今回この二人の試合を見て気になった所がある。それは、“接近戦でのボディー打ち”が極端に少ないこと。
(ロングのボディストレートは綺麗に決めていたが…)

私の現役時代は大橋秀行さんや畑中清詞さん、辰吉丈一郎さんといったボディ打ちの名手がいたので、よく手本にして練習した。私も日本ランキングに入ってからは、何度かボディーKOの経験がある。

相手をロープにつめてから脇腹をえぐるような上下の打ち分けはもちろんだが、リング中央での接近戦で押し合いとなったとき、“半歩引いてミゾオチを突き刺すボディ打ち”ができるとかなり重宝する。
(具体的には… 押し合いになった瞬間、あるいはクリンチをほどきざま、左右どちらか斜め後ろにステップをきりインサイドへボディ打ち)
また、そうしたボディ打ちが出来ないと「世界のレベル」は遠い。

接近戦で押し合うのは楽。
押したり引いたりするのは鍛えぬいた下半身が必要でスタミナも消耗するが、相手より“上に行く”ためには必要なことである。

山中慎介の腰の座りと強さは素晴らしい。
試合中一度も、一歩も押し合って負けなかった。
それだけ腰が強い(押し勝てる)のだからこそ、“引き”を入れるとグンと楽に戦える。また、それが出来るだけの、強い下半身は持ち合わせている選手だと思う。

実況のアナウンサーが「練習では素晴らしい…」「練習では…」と褒めていた。実際に練習では素晴らしいし、“引き”も出来ているのだろう。

アマチュアボクシング経験者は、ボディ打ちが苦手だと言われる。特に今、プロで活躍している世代のボクサー達は、(アマチュアルール的に)ボディ打ちが苦手な世代なのかもしれない。

だがしかし、世界を見据えると、離れて戦える選手ばかりではない。日本チャンピオンになる前に、練習ではなく試合で“接近戦でのボディKO”を経験しておくと良いだろう。

エドウィン・バレロは超ハードパンチャーだ。
うちのジムにもバレロの打ち方を真似してサンドバッグを打つ練習生がいるが、私は常々バレロの凄さは“引くことが出来る”ことだといっている。
あれだけプレッシャーをかけて前に出ながら強打を振るが、素早いバックステップも踏める。

ハードパンチャーやファイターこそ、自分の武器を発揮するために“引き”という武器も併せ持つ必要がある。
強打を恐れて距離をつめ、クリンチにくる相手に対しても有効だ。

相手が国内ランカークラスになってくると、思うようにパンチを当てさせてもらえない。タイやフィリピンの選手も、勝てないと分かると倒されまいとして粘る選手がいる。

そんな選手に力の差を見せ付けるには、強引に前に出てパワーでねじ伏せるより、余裕をもって押したり引いたりして揺さぶり、ボディで倒せると美しい。
そんな戦い方が、いちばん実力の差を観客に、また相手にもアピールできる。

『自分の武器をどう使うか、相手の武器をどうころすか』
『長身で足を使う選手には、捨てパンチや上下の揺さぶり』
『接近戦で、倒すために“引く”』