自信のある表情でリングインした嘉陽選手。

私はセレス小林、イーグル京和、内藤大助の近くで一緒に見ていた。
内藤(大助)君は嘉陽のスパーリングパートナーも務めたらしく、応援にも熱が入っていた。
1Rは嘉陽の自信のある攻めと、ワンディーの焦った攻めが対照的であった。

しかし、2Rからはワンディーのパワフルなパンチが当たりだした。キャリアを感じさせる巧さで、自分の持ち味をどんどん出し始めた。
嘉陽はよく練習をやっている。パンチをもらっても全く怯まず、足腰がしっかりしていて膝が落ちることもない。だが確実にタイミングの良いパンチをもらっている…。

私は私の世界初挑戦、ゴイティア戦を思い出した。

私もよく走っていてスタミナには自信があり、その頃は自分が倒れるなんて思ったこともなかった。


ゴイティアのパンチは強烈だった。
パンチをもらうたびに衝撃が全身の骨に響き渡り、ビシッ、ビシッと粉々に砕かれていくようだった。
あごが上がるわけでもなく、膝が落ちるわけでもない為、テレビで見ている人どころか、セコンドにすら私のダメージの深さは分からなかったようだ…。

その時の自分と、リングの上の嘉陽選手がだぶった。
私が4Rには「嘉陽、ダメージたまってきてるよ」といったが、まわりのチャンピオン達にはそうは映らなかったようだ。

サウスポーの嘉陽がだす奇麗な左ストレートに対し、リーチをいかした“かぶせ”の右と、打ち終わりへのフック気味の右が当たりだし、嘉陽の左がみるみる出なくなる。

嘉陽が苦戦を強いられだしたが、打たれてもひるまぬ姿勢を見て、「よく練習やってるね」とチャンピオン達は嘉陽の練習の量を見抜いて褒めていた。
リングインした時のあの自信のある表情は、練習量にも裏付けがあったのだろう。

7R、近い距離でパンチをもらい、嘉陽が膝からダウン。
立ち上がるまでにかかった時間、砂袋を背負わされたように重そうな立ち上がり方、どう見てもダメージは深い。終わったと思った。

レフェリーの「手を挙げてみろ」の催促にも応えられなかったが、目がしっかりしていたのだろう。試合は続行された。

嘉陽の日頃の練習量と、ワンディーが後半にスタミナ切れするだろうことを天秤にかけ、この先まだ勝負できるとふんだセコンドはタオルを投入しなかった。

再開後、嘉陽は並外れた精神力で凌ぎ切り、ワンディーは一気呵成にたたみ掛けたが仕留めきれずにガクンとスタミナを消耗してラウンド終了のゴングがなった。

セコンドの期待通り、嘉陽は次のラウンドから凄まじい反撃を見せる。
「上手く戦うボクシング」から、「倒すボクシング」に切り替えた(切り替えざるをえなかった)のが良かった。

嘉陽のパンチ一発一発に踏み込みとパワーが入りはじめ、消耗して大きく長い右が打てなくなったワンディーにヒットしだす。ダウンをとったはずのワンディーが下がる場面も…。

ダウンした7R以降、嘉陽がポイントをとるラウンドもあったが、逆転するまでには至らなかった。
最後の最後まで必死で攻めるが、嘉陽側からすれば逃げ切られるかたちで最終ラウンドのゴングを聞いた。

この試合で触れなければならないことは、やはりワンディーの体重オーバーによる失格である。

軽量級の選手にとっての1,2キロは大きい。
減量苦が噂されていたワンディーが、あと1,2キロ落としてから試合をしていたら、全く違った試合内容だったことは言うまでもない。

世界タイトルマッチをするチャンスはそうそうなく、嘉陽は人生をかけてリングにあがったと思う。
だが、ワンディーの体重オーバーという失態で、人生をかけた晴れ舞台を台無しにされ、“条件付き”の「世界タイトルマッチ」となった。

動きから嘉陽がしっかり練習したのが分かっただけに、「判定負け」という結果以上になんとも悔しく、やりきれない気持ちになった。